社長ブログ

仕事をして初めて嬉しかったこと

こんにちは、シナプス代表の竹内です。
20年前の1999年、その年の10月にシナプスの中途採用面接を受けました。そのころはITバブルと言われた時代で、インターネット関連企業の黎明期。まったく異業種である電子部品メーカーからの転職にも関わらず、よく採用されたなと思います。
ものづくり業界からIT業界に転じて感じるのが、IT業界はなんか「革新」とか「再発明」とか「世界を変える」とか、仕事のスケールについて、でかいことを言う人が多いなということです。これは個人的に、良い意味でも悪い意味でも感じていることですが、業界が比較的若いからでしょうか。今回のブログネタは、こういったIT業界ではスケールのちっこい話になるのですが、社会人になって初めて「仕事をやってよかった!」と嬉しかったことを書いてみます。でかいことを目指さなくても良いことはあるよ、という意味で。

1993年に新卒で電子部品メーカーに入社しました。同期は150人。入社時点ではどこに配属されるかは分からず、新入社員研修最終日に辞令発表があります。仲良くなった同期の一人は配属先がいきなりの子会社出向で、真っ赤な顔をして公衆電話に走り、電話の向こうの親に「もう辞める!」と叫んでいました。私の配属は会社本体のサーディップ技術課。サーディップなにそれ?状態ですが、当時はスマホはおろか、携帯電話もインターネットもない時代ですので調べることができません。でも語感に最先端技術っぽさを感じて、子会社出向の同期を横目に、ワクワクしていました。
そして2日後、配属先に着任して、サーディップとはCERDIPのこと、CERamic Dual Inline Package(セラミック デュアル インライン パッケージ)の略で、半導体素子を格納するセラミックでできた電子部品であることがわかりました。そしてすぐに衝撃の事実が!そのかっこいい語感とはうらはらに、なんとサーディップは20年くらい前からある電子部品で、とっくに枯れた技術でした。枯れちゃってるので、市場は縮小傾向。枯れている=信頼性が高いということで、主な用途は、いいところは航空宇宙向け、しかし多くは軍事兵器用などと、新人の希望を打ち砕くふんだりけったりな電子部品でした。ただまわりの先輩・上司には恵まれて、良い社会人スタートを切ることができました。

配属されて半年くらい経った頃、上司より「サーディップの寸法を測る」仕事を言いつけられました。なんでも、営業部門との打ち合わせのなかで「サーディップカタログ」を作ることになったと。サーディップは特殊用途が多いため、顧客の注文に応じて個別に設計して金型を作るという、完全受注生産でした。ただ十数年も作ってきて膨大な金型を既に持っているため、顧客がそれに合わせてくれれば、短納期・低価格でサーディップを売ることができる、だから顧客に選んでもらうためのカタログが必要とのこと。しかし十数年のあいだ特に管理をしてこなかったので、一度しっかり寸法測定をしないといけないと。
仕事の目的は理解しましたが、もう毎日がうんざりでした。測定には測定顕微鏡という装置を使いますが、ずっとレンズを覗き込んでミクロン単位で測定します。測定誤差や製品のバラツキもあるので、同じ部品でも何度も何度も測ります。眠くもなりますし、イライラもします。人が黙々と測定しているときに職場で笑い声が聞こえると、ムカッとしますし、そうすると態度に出てくるのか、先輩や上司に「ちゃんとやれ!仕事だぞ!」と怒られたり。嫌々やっているので仕事のクオリティが下がり、すぐに上司に見透かされて「手抜くんじゃねえよ!」とまた怒られる。当時は、自分が反省すべきことなどこれっぽっちも思いつきませんでしたが、今考えれば、どうひいき目に見てもなんと使えない社会人だったことか…。

2ヶ月くらいでその寸法測定は終わりました。先輩や上司にも手伝ってもらい、いつの間にか終わっていました。それからしばらくして、営業部門から「CERDIP STANDARD」という海外向けのサーディップカタログが送られてきました。自分が測定してきた電子部品の型番が寸法とともに一覧になっていました。こんだけたくさん並ぶと壮観だなーと。
そして同じころ上司から「竹内、営業からFAXが届いたぞ。」と紙を1枚受け取りました。当時はインターネットも電子メールもありません。通信手段は内線電話とFAXと郵便です。そのFAXは取締役事業本部長宛てで、同時送信の宛先に、事業部長・営業部長など偉い人たちの名前がずらっと並び、最後に上司と私の名前が記載されていました。FAXの本文は「CERDIP STANDARD」の完成報告で、ここ数年の懸念事項であったカタログがついに完成しました、これでさらに営業を強化し、シェアを獲得していきますと。そして最後に、このカタログはサーディップ技術課の協力がなければ完成しなかった、特に○○氏(→上司)と竹内氏の尽力に深く感謝します、ありがとうございました、とありました。
この「ありがとうございました」の文字を見た瞬間、泣きそうになりました。単に嬉しかったことも大きいですが、上司・先輩にふてくされた顔を見せながら測定してきた自分が恥ずかしくて申し訳なくて。FAXをくれた上司はもう別の仕事に取り掛かっていましたが、別の先輩はFAXを一読して「竹内、すごいな。よかったやないか。」と喜んでくれました。何もすごいことをしたわけではなく、事務所の片隅でふてくされながら測っていただけなのに。

という、社会人1年目当時の嬉しかったことです。
これ以降も嬉しかったことはいくつもありますし、経験を積んでいくなかで、より大きな成果につながった仕事もあります。しかしそれでも、この1枚のFAXに書かれた「ありがとう」は忘れられません。このときに、目の前の仕事はつまらなく見えるかもしれないけれど、必要としてくれる誰かがいるはずだと、思えるようになりました。

世界を変える大きな仕事や、技術の最先端をひた走り切り拓いていく仕事はかっこいいですし、誇らしく魅力的です。またそれらが何万・何百万の人の幸福につながれば、とても素晴らしいことです。でもそれはそれとして、たった一人の人にでも「よかった、ありがとう。」と言ってもらえる仕事も同じように素晴らしく、きっと嬉しいものだと、新人の頃のこんな経験から確信するようになりました。