2026年6月9日
こんにちは、営業課の菊永です。
みなさま、大河ドラマ「豊臣兄弟」は、ご覧いただいておりますでしょうか。
戦国時代を舞台に、天下人となった豊臣秀吉と、その弟である羽柴秀長を中心に描かれる物語です。
秀長は史実でも「温厚で調整能力に優れた人物」「秀吉のブレーキ役」と評され、
豊臣政権を内側から支えた重要人物として知られています。
「もし秀長が長生きしていれば豊臣家の滅亡はなかったのではないか」と語られるほど、その存在感は大きいものだったと考えられます。
その秀長は、九州の役(九州征伐)の後、小田原の役(小田原征伐)のさなかに体調を崩し、その後亡くなっています。
今後のドラマでは、全国統一へ向かう中で、各地の有力大名や「兄弟関係との対比」も描かれていくのではないかと期待しています。
中国地方では毛利家を支えた小早川隆景と吉川元春兄弟、関東では北条兄弟など、名だたる武将たちとの攻防も見どころです。
特に鹿児島出身の私としては、島津四兄弟の描かれ方に注目しています。
島津義久・義弘・歳久・家久の四兄弟は強い結束で、中でも末弟の「島津家久」は、島津家が九州を席巻する立役者となった人物です。
家久は日向・佐土原城主として活躍し、1578年の耳川の合戦では大友氏に大勝、1584年の沖田畷の戦いでは龍造寺隆信を討ち取るなど、数々の戦で名を挙げました。
さらに1587年の戸次川の戦いでは、豊臣秀吉による九州平定の緒戦において、仙石秀久や長宗我部元親ら率いる豊臣方の四国連合軍を打ち破っています。
最終的には兵力と物量で勝る豊臣軍に押され島津家は降伏し、その後、家久は急死しており、秀長との関係や毒殺説など諸説が残されています。
ドラマでどのように描かれるのか、今から非常に楽しみです。
そうした思いもあり、先日鹿児島にある島津家久の墓を訪れ、戦国の歴史に改めて思いを馳せました。
日置市の永吉地区に島津家久のお墓がございます。(鹿児島と宮崎の2か所あります)


なお、鹿児島にある墓所は、関ヶ原の戦い後に家久の子・島津豊久の家臣らが永吉へ移住以降に整えられたものとも言われており、本来の墓所は宮崎・佐土原なのかと思います。
ドラマと史実を重ねて見ることで、より深く物語を楽しめると感じています。
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